「熊は、いない」鑑賞後メモ

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 正直にいうと、中盤あたりで眠たくて何度か目を閉じてしまった。朝から快便で気分が良かったからとか、劇場内の空調が程よい加減だったからとか、珍しく近くに変なお客がいなかったからとか作品とは関係ないレベルの要因も色々あったような気はしているけれど。まあ、それはそうとして、作品自体は結果的には観て良かったと思っている。

 ジャファル・パナヒ監督はイラン社会に関するジャーナリズム的な作品を90年代から撮り続けているが、2010年にイラン政府から「国家の安全を脅かした」として20年間の映画制作と出国を禁じられる。しかし、そんな状況下の中でも極秘裏に制作を行いながらいまでも映画監督としての活動を続けている。

 そんなパナヒ監督の最新作「熊は、いない」は終始ドキュメンタリー的なトーンでありつつ、まるで気軽にカメラの置き場所を決めて自身の生活を撮り溜めているかのようなカジュアルさ、軽やかさのようなものまで感じられた(だから眠たくなったのかな)。作中で巻き起こる出来事自体は最終的に非常にシリアスな顛末を辿るものの、極端なしんどさを観客側に浴びせるようなところはないので肩の力を抜いて観ることができる。ストーリーラインを簡単に説明すると、イランのかなり保守的な政治ないし宗教思想がベースにある田舎の村を舞台とした若い男女の悲劇にパナヒ監督が思わぬ形で巻き込まれていくというようなものになっているのだが、こうした出来事を通してイラン社会のひとつの側面がはっきりと浮き彫りになっていくと同時に、ある種世界全体を覆うネット社会におけるダークな側面のアナロジーにもなっているようにも思えた。宗教をはじめとした神秘主義的な思想と、本来はそれと対をなすはずの唯物主義的なそれとが現代、ことイランの一部の地域などにおいてはごちゃ混ぜになって人々の思考が撹乱されてしまっているのだという構図が示されており非常に印象的だった。あともうひとつ、冒頭のショットからパナヒ監督がいる部屋のショットにスライドしていくまでの流れで今作の入れ子的な構造を視覚的に示すことでラストショットがまるで我々の現実と完全にシンクロしてしまうかのような効果を生み出していたように思えるし、実際その瞬間における緊張感を通して映画というアートフォームが持つ腕力のようなものを再認識させられた。