私の日は遠い #13

 お腹を空かせたアリサとシーラがふたりで話し合っていたのは、どこで食べ物を万引きするかということだった。コンビニは狭いけれど人手が少ない深夜などを狙えば目当てのものを取れる確率は高そうだし、スーパーは広いけれどその分人目を誤魔化しやすいかもしれない、などとずっと意見を出し合っている。しかしそうしている間にも腹が減っていくのでイマイチ頭も冴えない感じがするなとアリサはなんとなく思っていた。

 「金があればよかったんだけどね」

 アリサはそう言いながら公園の水飲み場で水道水をがぶ飲みしていた。暑い夏の季節にはちょうどいい腹の足しになるかもしれないが、お腹を壊したりしないかどうか少し心配だったりもする。シーラは人間の姿をしているときは体内の基本的な構造まで人間を真似ることになるので体を壊す危険性があった。もちろんアリサも人間なのであんまり飲みすぎるのは体によくないであろうことは明らかだった。とはいえ、極度の空腹状態も体に良くないことは確かだろう。

 「これでもし誰も仲間がいなかったらマジで心が終わってたかもしれないですね」とシーラ。

 「腹が減っては戦は出来ぬって言葉があるけど、腹が減ることはもはや戦みたいなものだよね」

 アリサは張りのなくなった声でそう呟いた。

 

 アリサとシーラはコンビニに入る前に駐車場の広さや人気のなさを怪しまれない程度に念入りに確認した。腹が減っているのでボーッとした頭では何かを見落としていないかとても心配になる。シーラは人間界で悪事を意図的に働こうとしたことはまだなかったので、とてもドキドキしていた。アリサはどうなのだろう?彼女はあまり緊張を表情に出さないタイプなのだろうとシーラはこれまでの付き合いからなんとなくそう感じ取っていた。

 

 弱さを見せると付け込まれる、それがアリサなりの哲学なのかもしれない。実際にそう口にしたことは少なくともシーラの前では一度もなかったが、アリサがいつも見せる力強い笑顔の内側にはなんとなくそういった力みのようなものもいくらか混じっているのだろうか。シーラは少し眠気の混じる頭の中の片隅の方でそんなようなことを考えながらもアリサと共に真夜中のコンビニへと入っていった。彼女は集中しているような表情を纏っていた。

 

 もうすぐリリースされる人気アイドルグループの新曲が店内で流れていて、奥の方にあるドリンクの棚の前にたどり着くタイミングでサビに入った。アップテンポで分厚いシンセの音がぎっしり詰まったラブソングのようで、口の中に大量に甘い風船ガムを詰め込まれたみたいな気持ちになるな、とシーラはこの瞬間ぼんやりと考えていた。

 

 このアイドルグループに所属している女の子たちにとっては店内で何度もアナウンスされている新曲のリリース日はとても大事な日になることは間違い無いだろう。そうだとしたら、アリサや私にとって大事な日というのは一体いつ訪れるのだろうか。もしかしたら今日このままモノを盗んだりして、それからようやく日々が大事になるのかもしれないし、もしくはその逆なのかもしれない。どちらにしろ、私はまだ本当に大切なモノを知らない。アリサは、どうだろうか。

 

 コンビニに入る前にふたりで話し合ったのは、とにかく見つかりにくい位置に置いてあるものの中で最も美味しそうなものをとりあえず狙おうということだった。そのつもりで店内を軽く見て回った結果なんとなく無言のうちにふたりの意識が向いたのはカップラーメンだった。

 「…お湯がいるね」

 アリサがそう呟いた。シーラはアリサの方を向いて静かに頷いた。

 とりあえずアリサはスーパーカップのとんこつ味を手に取った。パッケージに印刷されたとんこつラーメンの画像にふたりの目線が釘付けになった。少なくとも5秒くらいはそのままの姿勢で固まっていた。

 

 気がついたらアリサは店内に設置された電気ポットを使ってスーパーカップの容器に静かにお湯を注いでいた。コンビニの店員はふたりの近くで店内の清掃を慣れた手つきで進めていた。何も咎められることはなかった。支払いを済ませた瞬間には安堵と情けなさが半々くらいになって胸の内でぐしゃぐしゃになっていた。それでもいま、ふたりはスーパーカップのとんこつの香りで心がいっぱいだった。

 

 コンビニの駐車場の縁石に座り込んでふたりはとんこつ味のスーパーカップを食べた。代わりばんこに一口ずつ、噛み締めるように咀嚼した。真夜中でものすごいお腹がすいた状態で食べるそれは信じられないほど美味しく感じられた。ふとシーラがアリサの方を向くとなんとなく目に涙が浮かんでいるように見えたので、「泣いてるの?」と彼女が聞くと「ううん」と首を振った。

 「湯気が熱くて、なんか涙が出てきちゃっただけ」とアリサはいった。それからアリサはシーラの方に向き直ると「あんたも目がうるうるしてるよ」と彼女がいった。

 確かに、知らないうちに涙がシーラの目にも浮かんできていた。

 「ご飯がおいしすぎると涙が出るものですかね?」とシーラはアリサに聞いた。

 「安心しちゃったのかもしれないね」

 アリサはそういうと少しだけつまらなそうな顔になってしまった。