「変容」するラッパー、Kamui

 Kamuiというラッパーが好きだ。

 「カウボーイビバップ」や「攻殻機動隊」、「ブレードランナー」をはじめとした近未来SF的テクスチャーをそのビジュアルやリリック、サウンドにどっぷりと染み込ませた彼の存在感は「アタマ、つま先まで間違いない」←(「I am Special」収録の「Credit Girl」より引用)。

 Kamui x u.. 名義で2016年にリリースされた「Yandel City」、なかむらみなみとのユニットであるTENG GANG STARRとしての活動、また2020年末にリリースされた「YC 2」に至るまで彼はサウンドやフロウの面において何度かの変容を繰り返しながらも、その芯に宿る魂やスタンスを洗練し続けている。基本的にはLil Peep以降のエモラップとして括られることが多いのかもしれないが、エミネムの「Lose Yourself」や映画「8Mile」のコンピレーションアルバムがヒップホップにのめり込んだキッカケでもある彼のラップからは、’90年代、’00年代的な感覚も染みついているように感じられる。

 

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 だが、しかし、ネットを探しても彼について詳しく書いてある記事のようなものがなかなか見当たらない。(彼が意図的に露出を抑えているということでもあるのかもしれないが...)

なので、そんな彼の軌跡を、いくつか彼自身のアルバムについて書きながら勝手にまとめてみようと思う。

 

 

 2016年リリースの「Yandel City」でのKamuiからは、コントロール仕切れないほどに肥大してしまった彼自身の怒りや苦しみを感じる。

Yandel City

Yandel City

  • kamui x u..
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥1833

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 決壊したダムからものすごい勢いで溢れ出してきた濁流のようなフロウのラップやシュールレアリスティックな印象もあるSF物語のリリック、そしてu..による、フライングロータスを連想させるようなアブストラクトなビートが45分間畳み掛けてくる。近未来のディストピア的な日本の街、Yandel City(病んでる街)の情景が雪崩落ちてくるような言葉によって描かれる。もはやその全体像が把握できないほどに膨れ上がってしまった思いは、一つひとつ説明するのではなくそのままイメージとして吐き出しきることでしか消化出来なかったのであろうことを思わせる。実際、当時の彼の精神状態はあまり良好ではなかったそう。

 アルバム終盤の曲「Beyond」で彼は物語から抜け出そうとするような、もがくようなフロウで「俺はkamui」と名乗る。

 

 

 「Yandel City」の混沌から現実に這い出たKamuiはまた新たに作品を生み出す。個人的にも一時期よく聴いたアルバムである、2018年リリースの「Cramfree.90」というあるアルバムだ。

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 「Cramfree」という単語はKamuiによる造語で、「ゆとり世代」を意味しているそう。彼自身がおそらく最も影響を受けているであろうラッパーのひとりであるケンドリックラマーの「Section.80」のタイトルを引用したものでもある。また、アルバムジャケットのオレンジと俯くように立つ彼のシルエットは、フランクオーシャンを連想させる。アルバム中盤以降のメロウな雰囲気もそれを思わせるところがあり、リリースの一ヶ月ほど前には「Nikes」の日本語でのカバーもYouTube上で公開しているので、フェイヴァリットであることは間違いないだろうと思う。

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 ラップのフロウは「Yandel City」の時とは打って変わり、鮮明で聞き取りやすい言葉の配置がされている。トラックの方も「All Eyez On Me 」というフレーズが「Gift」で引用されているように、前作と比較してもグッと90年代的なスタンダードなスタイルに寄っている。これはKamui自身がType Beatを大量に漁って形にしていったものだそう。

 それらの風味も含んだこのアルバムは私小説的な側面もあり、リリックを思い返す(Spotifyでは歌詞が表示されない)と、複雑な家庭環境や少年時代の淡いノスタルジー、かつての恋人の死について語られている。特にその恋人についての言及は「濡れた光」という終盤の楽曲でされており、この作品の大きなピークとして配置されている。

 「カウボーイビバップ」第一話のアヴァンタイトルを連想させるような鐘の音がアルバムの冒頭で鳴り、それは「濡れた光」の直前にも鳴り響く。一度沈み切った彼の魂はしかし再び次の楽曲「Free」で燃え上がる。「switch my life, switch my mind, switch myself」と何度も彼自身に言い聞かせながら、それと同時に「Just find me」と弱々しく囁くような脆さも抱えながら、彼は再び歩き出す。

 

 

 その後、抱えていた弱さと向き合った作品が、2019年リリースの「I am Special」なのではないだろうか。

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 現実へと歩みながらも、怒りをぶつけずにはいられない。彼は一体なにに対して怒り狂っているのか。それは彼が生きてきた中で見てきたこの世界の仕組みのイビツさであると同時に、彼自身の弱さに対してでもあるのかもしれない。前作でまとまったスタイルを見せたフロウは、しかしここで再び歪んだ声となって冒頭から攻撃的な側面を見せる。

 「針が止まったままの腕時計 動かしてやるからしかと見とけ 俺は誰も見下さない 代わりにみんないつか俺を見上げるのさ」というラインが、強さと弱さ、宣言と虚言というような矛盾を内包しているこのアルバムのテーマを端的に表現している。古いパンクロックのような少し曇りザラついたミックスも、荒々しさと弱さを同時に表しており、それはジャケットのデザインともリンクする。

 それでも彼は「Salvage」を試み、「I am Special」と宣言する。そう信じ続けることで、彼は死に急ぐことはなく、MY WAYを生き急ぐ。

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 ここまでの過程を辿ることで、Kamuiは初めて落ち着いた心境で自分自身を捉え直すことができたのかもしれない。それが表れているのが2020年末にリリースされた現時点での最新作である「YC2」だ。

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 タイトル中の「YC」は「Yandel City」の略であり、つまりこれはかつての物語の続編となっている。アルバムジャケットには、体の半分が機械生命体と化したようなKamuiの肖像が写されている。何度も「変容」を遂げイビツに変形した自らを、そしてかつてコントロールしきれなかった肥大した怒りや苦しみをここでついに捉えなおそうとする。

 「TETSUO」という楽曲が収録されているように、彼に多大な影響を及ぼしているであろう「AKIRA」が描いた2020年が現実に到来したことで、SFが単なる遠い未来の物語ではなくなってしまったことが、彼が自分を捉えなおそうとしたキッカケのひとつなのではないか。「もう時間がない」という焦燥感もリリックには込められている。だからこそ彼は、かつての怒りや苦しみの根源と向き合い、過去を精算することで未来を選択する余地を生み出そうとしたのではないだろうか。

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 なぜ個人的にこのような印象を持ったのかということに関して、ひとつにはボーカロイドを使用して他者の視点を取り入れたという点がある。これは、彼が自身に対して客観性を得るために取り入れられたものではないかと思う。また、このボーカロイドの声には、かつてのKamuiの無垢さや弱さが込められているのではないかとも考えている。

 もうひとつはアルバム全体のサイズ感にある。このアルバムは全12曲が2814秒に収まっており、非常にコンパクトにまとまっている印象がある。それでも、ラップのフロウのアプローチはこれまでのどの作品よりも豊富だ。トラックも基本的にはトラップ以降の感覚を汲んだものでまとまっており、軽やかですらある。キャリアを積むことで、かつての混沌をある種ポップな領域にまで押し上げることに成功している。ヴィンス ステイプルズの傑作「Big Fish Theory」をも連想させるアシッドハウスビート(Actressの「Ascending」からのサンプリング)の上で、ブチギレた怒りを軽快に乗りこなしていくような「Tesla X」や、「Cramfree.90」以降の明瞭さで感情を吐き出し尽くす「疾風」はこのアルバムのハイライトであり、これまでで最も高い到達点のひとつであると思う。

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 要するにこれは彼の今までの作品の中でも最も大衆性のある傑作に仕上がっているのだが、この作品のもうひとつのミソは、「抑制」というところにあると思う。Kamuiならきっと、「Tesla X」級のキャッチーな楽曲をもういくつか入れてしまうというようなこともできなくはなかったはずだ。しかし彼はそうせず、あえてアルバム全体のピークを最低限に絞り込むことで、安易な快楽性に回収されない「イビツさ」を意図的に創出したのだと個人的に考えている。それがこのアルバムの魅力の正体だと思う。アルバム全体の音量や音圧も、一般的なラップの楽曲よりも若干抑えられたものになっているように感じられるのは気のせいだろうか?これは安易にプレイリストに組み込まれることに対する抵抗の姿勢であるように思えてならない。

 Kamuiはどこにも迎合するようなことはしない、今までの「変容」を受け入れることで彼はその「魂」を洗練し続ける。既成の価値観、ボーダーを超えることで新たな世界へ飛んでいく。

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 Kamuiがなぜ「YC2」をこのような形に仕上げようとしたのかということに関して、もうひとつ個人的な推測を書き加えておきたい。アルバム最後の楽曲である「Hello, can you hear me」では、かつての記憶が遠のいていくことの寂しさや切なさが描かれていて、だからこそ彼はそれを忘れてしまう前に「手を差し伸べ」たのだろうと思う。この楽曲名の持つある種の「軽さ」は、彼のマインドがそれなりに良好であることの表れなのではないだろうか。あるいはここにはもう、かつての弱さに溺れる彼はいないのかもしれない。

 

 まあ、ざっと、こんな感じで好き勝手書いた。ここまで読んでいただいた方には、感謝。

 

 ちなみに、Kamuiは2019年末からはMenace無、ODETRASH、XakiMicheleといった若手をフックアップし、共にMUDOLLY RANGERSとしての活動も行なっている。2020年には奈良県出身のバンド Age Factoryの楽曲である「CLOSE EYE」のリミックスに客演しており、ミュージックビデオもある。2021年内に「YC2」のいわゆるデラックス盤である「YC2.5」のリリースも予定しているとのこと。

 個人的には「Kamui World」としてのゲーム実況を見るのがとても好きなので、そちらの方でもなにか動きがあれば嬉しいなと思っている。

 

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 あ、そうだ、これもあまり言及されてないけど、KamuiはTENG GANG STARRの頃からミュージックビデオの質がかなり高い。質が高いというのは具体的に言うと、退屈なショットがあまりないとか、編集のキレのよさとか、そういうところだろうか。映像の方でも彼が大きく関わっているようで、その方面でのセンスがすごく良いのだなと感じる。

 あとは、なんといっても彼の人柄が非常に魅力的なのだ。とてつもないエネルギーに満ち溢れている感じがしていて、正直その部分にかなり惹かれているところがある。「Kamui World」での実況もかなり面白いし、以下の動画にもその魅力が詰まっていると思う。

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 まあ、なにはともあれ、これからも応援していきたい。