私の日は遠い #6

 夏の夜空が深く街を飲み込んでいこうとしていた。真夜中の匂いが何人かの人間を追憶の彼方に突き放し、かと思えばうだるような暑さに目を覚ます人間もいた。

 そんなボヤけた時間軸の中で、銀の翼をはためかせて夜空を舞う何かがいた。それは達夫だった。かつて達夫だった何かだ。猛スピードであてもなく、「とりあえず都心の方に行こうかな」という軽い気落ちで飛んでいた。

 「そっちの方はどうだ」

 地上にいる大倉が連絡を寄越してきた。

 「いや、特に何も」と達夫は返す。

 大倉の方も特に何もないみたいで、渋谷のセンター街のマクドナルドでコーヒーを飲んでいるらしかった。

 「そんなもの飲んでもなんの意味もないぞ」と達夫は抑揚のない声でいった。

 「なんの意味もないなんてことあるか」と大倉も特に表情のない声色だった。

 あるよ。そういうと達夫はゆっくりと降下し始めた。

 

 大倉によると、数時間前から渋谷のスクランブル交差点に面したいくつかのモニターが不具合を起こして映像が流れなくなってしまっているようだった。原因は不明らしく、特に復旧の目処もなかった。

 「まあでも、あんなの見たいやつなんていないだろ。むしろ静かになって気分がいいような気もするよ」

 安コーヒーを飲んでくつろいでいる大倉の声は落ち着いていて、穏やかな響きすら感じられた。達夫は数週間前に彼から授かった「あるモノ」のことを思うと、なんだか妙な気持ちになった。

 「この調子じゃ、今夜も特に何も起こりそうにないな」と達夫。

 「そうだな、落ち着き過ぎてる」

 大倉がそう返していたところに、突如外から爆発音のような大きな音がした。

 

 大倉がいる渋谷の方から煙が上がっているのを確認した達夫は、その方面に向かって降下を続けていた。

 「油断するとすぐこういうことが起こる」とひとり呟いた。

 「ツイてるのかそうでないのかわからないね。ちなみに今朝の星座占いは一位だったよ」と大倉は変わらず呑気な調子だった。

 「それはある種の罠ですね。足元を掬われます」と達夫。

 「そうか。じゃあ、俺もお前みたいに空を飛ぶとするよ、これからは」

 大倉はセブンスターを口に咥えて火をつけた。モニター部分が破壊されて穴が開いているQFRONTを眺めながら、煙を吐いた。そのそばをひっきりなしに大量の人間が逃げ惑っていた。

 一体誰がこんなことを?と考えていると、今度は109の方から大きな音がした。その方向に目線を向けると、妙な人影がひとつあるのを彼は見つけた。慌てて逃げているようには見えず、むしろ落ち着いてゆったりとした調子で車道のど真ん中を歩いており、そのシルエットは異様な雰囲気を纏っていた。

 「達夫、俺は先に一仕事してくるとするよ。慌てず来てくれればいいさ」

 そういうと大倉はショットガンに球を装填しながら、不審な影の方に向かって人混みを避けながら歩き始めた。影は相変わらず同じ調子でスクランブル交差点方面に向かって歩き続けていた。

 大倉は目を凝らす。そして目視出来たものに少し驚いた。影のベールに包まれていたのは、ごく一般的な40代前後と思しき容姿の女性だった。グレネードランチャーらしきものを手に構えたその女性は、うっすら微笑んでいるようにすら見えた。

 

 

 

続く