私の日は遠い #4

 達夫は千切りキャベツを食べるのに飽き始め、うんざりしていた。せめて残り少ない残金をみじん切りしたらその分お金が増えるみたいな意味わからない魔法があればいいのになとつまらないことを考えながら寝転がっていた。午後の暑さがピークを過ぎた夏の夕暮れに、達夫は退屈を燻らせていた。そして、腹が減り始めた。だがしかし、もうキャベツには飽きた。

 とりあえず外に出てみようという気持ちが達夫のなかでなんとなく湧いてきたので、彼はタオルで汗ばんだ体を一通り拭いてからTシャツを着直してサンダルを履いた。クーラーをつける余裕もないせいで部屋には熱気が充満していた。ドアを開けると達夫は熱気と共にまるで吐き出されるようにダラダラと部屋を出た。

 

 何曜日かも思い出せないまま達夫は外に出たが、近所の学校のグラウンドから野球少年たちの声が聞こえたので土曜か日曜であると思われた。

 乾いた砂利やアスファルトを見ると俺の心までカラカラになってきそうだなと達夫は考えながら近所のコンビニに向かった。まずは冷房がキンキンに効いたところに行きたい。大して買いたいものもないけれど(というか財布に余裕がないだけなのだが)適当に雑誌を立ち読みしているだけでもこの季節は体力の回復が出来るので、ある意味ではHEAVENなのであった。

 いい加減な気持ちのまま歩いているうちにコンビニに近づいてきた。そこで達夫は、入り口付近のゴミ箱の上に置きっぱなしになったエナジードリンクの缶を見つけた。まあ、ふつうの人はゴミだと思うよなと考えながらも達夫はそれなりに刺激を求めていたので、とりあえずその缶を手に持ってみた。…あれ?結構入ってる?というか、よく見るとまだその缶はフタが開封されてすらいなかった。忘れものかな?やっぱりみんなゴミだと思うから、誰にも気づかれなかったのだろうなと達夫は思いながらその缶をしげしげと見つめた。

 「空いてないなら、別に中身は汚くないよな?」

 缶の周りに不審な穴が空いてないか確認を済ますと、達夫はフタをプシュッと捻り中身をグイッと飲み干した。何故か少し冷えていたので普通に美味かった。最近はキャベツばかり食べていた達夫の身体と心に甘々なスパークルが勢いよく弾けていった。久々に意識が目覚めていくような感覚を達夫は覚えた。

 

 エナジードリンクを飲み干した達夫はコンビニの中に入り、とりあえず雑誌を立ち読みしながら涼むことにした。美味しいものを飲んでいい気分になっていたので楽しいものが読みたくなり、ジャンプを手に取った。

 達夫が知っている漫画はもうワンピースくらいしかなかったが、知らない漫画を途中から読んでもそれはそれで面白いと彼は感じていた。単純にハイになっているだけなのかもしれないが。

 主人公の体が変形しては、全てを切り刻んでいく。それは欲望や暴力の表出であまりにも禍々しいと同時に抗いようのない美しさの引力を纏ってもいる。忘れかけていた感情にオイルが注がれ、ポケットに入れっぱなしだったマッチを擦り火を放つ。光の権化となって体を蝕んでいた恐怖を焼き尽くす。暴力的な愛が誠実さを踏み躙りながら自己を充足させる。どれだけやられても構わない。いつでも死の虹が見えている。俺はそれでも目を回さない。爆破されエクスタシーはピークを迎えたと同時に急降下を始める。深海の冷たさでクールダウンする。あり得ないほど近くにある瞳に触れようとしたところで目が覚め…

 

  達夫は気がつくともうコンビニの雑誌置き場には立っていなかった。そこは大きな橋の下にある駐輪場で、上空に並んで二つ走る高架の間からは綺麗な夕日が見えた。

 制御できないレベルまでハイになってしまったのかもしれないと達夫は思った。それでももう身体は思うように動かせず、まるで意識と離れ離れになってしまったようだった。それは達夫に恐怖を覚えさせる感覚だった。生ぬるい夕風に吹かれて首筋に汗が伝う。彼は途方に暮れた。

 そんな様子で突っ立っていると、駐輪場に誰かの自転車が近づいてくる音が聞こえた。達夫は辛うじて首だけは回せそうなことに気づき、とりあえずその音がする方向を見ていた。

 自転車が駐輪場の入り口の辺りまで走ってきて、止まった。そこにいるのは見知らぬ中年男性だった。それなりに上等そうなスーツを着てシルバーのママチャリにまたがっていた。

 「迎えにきたよ」とその男がボソッと呟いた。

 「…あなた、誰ですか?」と達夫はひどく戸惑いながら尋ねる。ハイになり過ぎていたため必要以上に焦りを感じ、汗が止まらなかった。

 「そのうち分かるさ」

 男はそういうと、ママチャリに手をかざした。するとママチャリは瞬時に溶けて銀色の液体になり、男の体に吸収されていった。

 「誰も知らない夢を見に行こう」

 男は無表情のまま、そっとギャルピースの形で腕を伸ばしていた。

 

 

 

続く