「ノースマン 導かれし復讐者」鑑賞後メモ

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 最近はU-NEXTで「serial experiments lain」を観ている。まだ5話までしか観れていないのだけれどこの作品のことは好きになりつつある。エピソード開始直後に毎回メタ的な視点を意識させるような演出があったり、街の騒音には何故かフェイザーのようなエフェクトがかかっていたり、ほとんど明確な筋がないまま物語が淡々と展開していったり。人や物語を描きたいというよりは観る側に対して主人公である玲音という少女が現実に対して覚える感覚をそのまま主観的、ダイレクトに体感させようとしている意図があるように感じられる。本編を貫くダウナーなトーンはたしかにホラー作品的なしんどさを伴うものでもあるが、段々とそれが不思議な心地よさにもつながっていく。録音やミックスが繊細に構築されているのでダークアンビエントにも近いのだと思う。OP映像に登場するカラスや玲音の部屋の窓際に大量に飾ってあるぬいぐるみ、そして「みんなつながっている」というフレーズが醸し出す不穏さからは、リアルワールド=現実世界において玲音が独りになりきれない、そうさせてくれないことに対しての怒りや苦しみが物語の芯にあることを思わせてもくれる(まだ全部観ていないけれど)。

 「ノースマン 導かれし復讐者」の(ほぼ)冒頭場面にもカラスが登場する。主人公であるアムレート(アレクサンダー・スカルスガルド)の父であり島国の王でもあるオーヴァンディル(イーサン・ホーク)のトレードマーク(?)であり、北欧神話においては主神として存在しているオーディンの使者でもある。玲音は独りになりたそうだけれど、アムレートは本編開始10数分くらいで突如としてどん底の孤独に追いやられる。オーヴァンディルの「威厳」に惚れ惚れとしたり、ウィレム・デフォーがヌルッと登場したりもしている独特な成人の儀式において父の振る舞いを一つひとつ真似ていく様子はアムレートの中でオーヴァンディルという存在が「神話」のように心に強く刻まれているのだということを視覚的に提示しているし、だからこそそれ以降の復讐という行為に対しての異様な執念深さが恐ろしくもあり悲哀を帯びたものとしても受け取られる。

 本編を中盤くらいまで観ると、アムレートの想像と現実における実際の状況とに隔たりがあるということが示され始める。中性的な顔立ちをしていた少年期を遠く置き去りにしていくように身体を鍛え上げ屈強な肉体をものにし、わざわざ奴隷になってまで復讐相手であるフィヨルニル(クレス・バング)の本拠地アイスランドに潜り込んでいったのにも関わらず。ちなみにそのギャップの描き方も含め妙にシュールなトーンが常になんとなく作品全体を貫いてもいるのでちょくちょく笑ってしまう部分があった。例えばヴァイキングの屈強な男たちが狼の真似をして「アオーン!」と吠えまくったあとで「ドゥーン」という低音とともに場面が移り変わると殺風景な野原のショットに切り替わったりと、男のマッチョ性をコケにすることで膝カックン的な笑いが生じるようにしている箇所がいくつかある。さて、少し話が逸れたけども要は前半から中盤にかけてアムレートは自身がかつて心に刻み込んだ「物語」に次第に翻弄されることになる。復讐のための段取りは割とスムーズに進んでいくものの「物語」を生きる主人公としての主導権は段々と奪われていき、現実と乖離していくような感覚を覚え始める。魔剣を入手する場面やお祭り(?)でオルガ(アニャ・テイラー=ジョイ)と再会する場面における不思議な演出はその乖離する感覚を表すためのものであったのではないだろうか。そしてその感覚がピークに達するのが母(ニコール・キッドマン)と対峙する場面だ。この場面を境に彼の「物語」に対しての認識は少しずつ変化していく。一度は船に乗ってオルガと共にアイスランドを抜け出るもののアムレートは再び海に飛び込んで復讐のため舞い戻っていく。この瞬間彼は「物語」を自分自身で描いていく人間になったのだという風に個人的に解釈した。一度はコケにされた自分の「物語=生きる意味」をそれでもやり抜くのだという強い意志をこのときのアムレートは心の中で燃え上がらせていたのではないか。まるでオーディンという言葉が持つ「狂う、激怒する」といった激しい感情の如く。

 あともうひとつ言及しておきたいのが今作の撮影について。この作品は北欧神話をベースにした壮大な叙事詩のような物語であるにも関わらず基本的にはどのシーンも一台のカメラで撮影されている。そのためロケーションが切り替わらない限りカットが割られずに長回しされているという、作品の規模に対してはかなり特殊なアプローチをしているのだけれどこれがアムレートの「物語」に対しての主観性の強さと結びついているし、シンメトリックな画面構成も作品の寓話性をより強固なものに高める効果を生み出していた。

 上映時間は137分と少し長めだけれど退屈はしない。それでいてなんだかよくわからない余韻も残る。作品を観終えて劇場の外に出たときに眼前に広がっていた渋谷センター街の景色がなんだかしばらくピンと来なかったので俺は大きな声で吠えた。まるで狼、シルバーウルフの如く。俺は行く。

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