「ベイビー・ブローカー」鑑賞後メモ

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・全編にわたって画作りが非常に洗練されており、光の切り取り方がとても丁寧で美しい印象を受けた。具体的な場面をいくつか挙げると、赤ん坊を抱いたドンスとソヨンが光の注ぐ窓辺で語らう場面、サンヒョンたちの乗る車が洗車用の機械に入っていく時の微笑ましい場面が特に印象的で涙がちょちょぎれた。

それと同時に状況説明や人物描写を端的に示す装置としても非常にわかりやすく機能しており、パッと目にした段階で内容がスッと頭に入ってきてくれるためとても見やすかった。常にほんのりとした塩梅で効いた脚本のユーモアもその心地よさを担保していたと思う。

 

・冒頭のソヨンが赤子をポストに入れずにその手前の地面に置いていくという行為が負(とはいうもののこれはいくつかの事情を踏まえた上での行為ではあるが)の「情」として象徴的に描かれ、その後のサンヒョンたちや警官のスジンたちの辿る道筋が交錯しながら事態がもつれていくキッカケにもなっているが、物語が進むにつれて彼らの関係性には変化が生じ、やがてゆるやかな連帯感が生まれる。そして物語の終盤において、「愛」を望むように与えたり与えられることがなかったという後悔や悲しみを抱えた彼らが自身にとっての最低限の尊厳を守るために再び新たな繋がりや活路を見出していこうとする様子が冒頭とは対照的な希望の「情」として描かれる。これは、どうして子供を産んだのか、どうして生まれて来たのか、あるいは生きているのかと言った「生に対する根源的な問い」を抱えて苦しむ物語の登場人物や現実社会の人々の生を肯定したいというアンサーを示すための演出なのだろうと思う。作品のウェブページにもこのことに対して言及している是枝監督のステートメントが記載されている。

 

・「情」を通して築いた他者との関係性がときに自分自身を「遠い」場所まで導いてくれるのだという今作の内包するメッセージは、ロードムービーという構造ともうまく一致していると思う。

 

・是枝監督の作品ではしばしば、というかおそらくどの作品でも「いつかは終わりが来てしまう幸福な時間や空間」についての物語が描かれているように思えるが、これがまさに映画鑑賞という行為そのものに対してのアナロジーになっていて、今作では赤子や終盤の観覧車が象徴するような「無垢性」やその「時限性」に惹かれた人々が映画館に集まり緩やかな繋がりを共有した後でまた離れていくという構造をなぞっているのだというふうに感じられた。

 

バックドアがきちんと閉まらないボロい車は、こぼれ落ちてしまう存在が必ず生まれてしまうような欠陥を抱えた社会構造のメタファー?それに対して割と小綺麗な車に乗っている警官の女性が最終的に迎える結末は希望でもあるようで、ちょっとした皮肉も込められているのかな?

 

・前評判で脚本のユルさを指摘する内容のものがあったりしたので自分もユルめな気持ちで見たが、流石に映画作品としての基礎体力はかなり高いように感じられた。普段の是枝作品よりもエンターテイメント性を担保しようとした結果生じたユルさなのだろうとは思う。

 

・わかりやすく印象的に見せることに成功しているショットが多いだけに、サンヒョンについての結末の描き方が少し駆け足でわかりにくい印象を受けた。そのポイントをもう少し上手く見せることが出来ていたらラストショットの見え方もより感動的なものになったと思う。