「マイスモールランド」鑑賞後メモ

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・度重なる「引き裂かれ」のなかで生きることを強いられる主人公とその家族たち。喪失と対比するように描かれるのは、信頼してくれる人たちから分け与えられる良心。

 どこかひとつの場所に寄りかかるというよりは、何人かの人々に少しずつ支えられながら不条理な日本の仕組みの中で生きていこうと試みる。

・冒頭の結婚式と終わり際のリビングでのやりとりは対照的なもののようにも見えるが、個人的にはどちらもこの混沌とした世界の中でたとえ小さく儚いものでも自分達にとって美しく尊いと思える場所を作り出そうとする行為なのだと感じられた。それは劇中で何度か描かれる小さなオリーブの木に水をやる行為でも同様だ。

・強いキメの台詞のようなものがあえて全く使われていないように思われる。そこには、観客の我々の日常と同じ距離感にある言葉だけで感情の起伏やドラマを描き出すことで現実を肯定しようとする確固とした自然主義的な姿勢が感じられた。

・役者たちのゆったりとした演技のアンサンブルやカメラの長回しの多用、またROTH BART BARONによるアコースティックな劇伴によって、内容的にはかなりハードな物語に柔らかなムードを持たせることに成功していると思う。それらが観ていてとても心地よかった。特に奥平大兼の瑞々しい存在感は主人公たちや我々観客にとっても強い希望や前向きな気持ちを持たせてくれる。

・「マイスモールランド」というタイトルが両義的な言葉として鑑賞後には特に鋭く突き刺さってくるものとなっている。それは自国民以外を振り払おうとする構造を抱え込んでいる日本やその首都である東京を思わせるが、それと同時に主人公たちが少しずつ努力しながら作り出した空間や時間のことを指してもいるはずだろう。