「C’MON C’MON」鑑賞後メモ

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・「距離を置いて世界を見つめる」ための白黒映像なのだと個人的に思う。そのほかにも優しい光と暗闇の対比、色を無くして終わりゆく世界、もしくはこれから新たな彩りを与えていくべき世界のことを思わせる

・「他人のルール」に乗っかってみることで自分自身が普段どのように暮らしているか、なにを考えていてなにを考えないようにしていたのかが浮き彫りになる。

・「大丈夫ではない」世界で知識と言葉を頼りに可能な限り他人に歩み寄る。たとえたどり着けない領域が存在していても、僕らは「先へ、先へ」と歩むことができる。問い続け、考え続ける限り。

・穏やかなドローン調の劇伴や海岸沿い、妹夫婦の家、ホテルの一室といった社会とプライベートの間のようなロケーションが、「決定的な出来事はまだなにも起きていないが、この瞬間も世界が揺らぎ続けている」感覚を常に感じさせる。それは心地よいようで薄らとした不安も孕んでいる。

・「この世界を無垢なものとして見せなければならない」というあまりにも困難で重い責務を知らない内に負わされてしまう役割としての母親を描いており、男である自分自身の心が完全に「…」となってしまった。

似たような申し訳なさをNetflixの「ロストドーター」を観た時にも感じた。まあ、申し訳なくなればいいというわけではないが。

ホアキンが子供の眼を真っ直ぐ見据えて、対等な視点から「悪かった」と素直に謝る場面が個人的に印象的だった。あのような感じでひととして対等に接してもらえると単純に嬉しいと思う。「この世界は公平か」という問いが劇中であるのは、そういうことなのではないだろうか。